山の音を読んで

こんにちは、やなべです。

 

今回も、川端康成の作品なのですが、戦後の日本文学の最高潮と評された、山の音を読んでみました。この小説は、あらすじを書くのがとても難しいと感じました。主人公の信吾の家族に起こる事件の部分だけをかいつまんで並べてみたものの、その他の日常の些細な出来事にも焦点を当てないと、作品の世界観が伝わらないのです。本文からあらすじに用いる予定の部分を書きだしている時点で心が折れそうになったのですが、現在の自分の力量で、まずは完成させることを目標に記事を書きました。

 

 

信吾は、東京で会社員をしています。最近、物忘れがひどくなったので、同じ会社で勤めており同居もしている息子の修一、その妻の菊子、そして会社の部屋付きの秘書である英子が、信吾の記憶係のようなことをしていました。信吾には妻の保子がいます。信吾は、去年に還暦を迎えたときに喀血をしましたが、支障もなかったので、医者には行かず過ごしていました。八月のある夜、山の音を聞きます。風の音に似た、地鳴りのような音を聞いて、慎吾は死期が近づいたのかと恐怖します。

 

そこへ、信吾の娘の房子が、二人の子どもを連れて実家に戻ってきました。上の子の里子は四歳、下の子の国子は産まれたばかりでした。房子と夫の相原との間の不和が影響したのか、里子には精神不安定なところがありました。房子は、相原の愚痴をこぼしながらも、肝心の夫婦の行く末については、信吾に話せずにいました。一方の修一は、菊子と結婚して二年も経たないうちに、愛人を作っていました。修一の不倫は、信吾の会社の秘書である英子が、内実を知っているようでした。

 

信吾は、英子から不倫相手のことを聞き出そうとします。英子いわく、その女性は絹子といい、連れの女性と二人で暮らしています。絹子はしゃがれた声をしていて、修一はそこが官能的だと言うのだそうです。家は本郷の辺りにあることを聞いて、信吾はそこに案内するように頼みます。英子としては、まずその同居人を会社に読んで話を聞いてみてはどうかと提案したところ、信吾はあいまいな返事をして、結局本郷まで来てしまいますが、家の場所を確認するのみで引き返します。

 

不倫騒動に巻き込まれて重荷になった英子は、会社を辞めて、絹子のいる仕立屋で働き始めました。ある日、英子は絹子と同居している女性を会社に連れてきました。信吾は以前にそんな約束をしたことを思い出しました。その女性は池田といい、前々から信吾と絹子は別れたほうが良いと考えていました。池田の話によると、修一は絹子に対して手荒なことをして、泣かせたりしていたのでした。

 

菊子の体調があまり良くないことが判明します。信吾は、修一にそのことを尋ねると、最近流産したのだと言います。菊子は、いまの修一の状況では、自分は子供を産めないとして、中絶してしまったのです。そして、菊子は静養のため実家に帰ってしましたが、数日して戻ってきます。この一連の抗議により、自身の耐えがたい悲しみを表した菊子でしたが、戻ってくると自分の罪を詫びるように、元の鞘に収まります。

 

新聞を読んでいた菊子が信吾を呼び止めます。房子と別居している夫の相原が自殺を図ったという記事が載っていたのです。生命はとりとめる見込みと書いてありました。信吾は、その事件の数日前に、相原から信吾のもとに離婚届が送られてきたのを思いだします。その離婚届はまだ出さずにいたのでした。今思えば、相原が自殺を図る前の清算だったのかもしれません。すぐに区役所に離婚届を出しにいきました。

 

信吾のもとを英子が訪れます。そして、絹子が妊娠したことを告げたのです。信吾は絹子の家に向かっていました。初めて会う絹子に、産まないでくれと言えるだろうか、これは殺人なのではないかと躊躇します。絹子は、もう修一とは別れたと言います。そしてお腹の子どもは修一との子ではないと言うのです。信吾は絹子に小切手を渡しました。絹子はそれを受け取ります。信吾は、自分が誰の幸せにも役に立たなかったと思います。

 

信吾と修一が同じ電車に乗り合わせます。修一は、菊子は自由だと言い、それを信吾から伝えてほしいと頼みます。帰宅した信吾は、菊子に自分たちから離れて、二人で暮らすように言いますが、菊子は修一と二人でいるのが怖いと言います。信吾は、菊子に修一と別れるつもりはあるのかと聞くと、菊子は、もしそうなっても、信吾にどんなお世話でもさせてもらえると言います。

 

信吾は、それは菊子の不幸だと思います。そこで信吾は、菊子は自由だと修一が言っていたことを伝えます。菊子は、私は自由でしょうかと涙ぐみます。その日の夕方は、一家の七人が全員揃っていました。房子が、自分はこれからはどんな場末でも水商売でもしようと思うと言うと、菊子も、房子がやるのなら自分も一緒に働くと言います。食事が終わったあと、信吾は庭を見て、台所の菊子にからす瓜が下がって来てるよと言いますが、菊子には瀬戸物を洗う音で聞こえないのでした。

 

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信吾の住んでいる鎌倉の景色を織り交ぜながら、戦後の家族像を描いた作品でした。あらすじにしてしまうと、息子は不倫をして、娘は出戻りをしたという問題のある家族のように思われますが、これらの人物の日常の何気ないやりとりの中に、それぞれの関係性があり、誰が一概に悪いとは言い切れなくなってくるのが、この作品の奥深さだと思います。あらすじでは紹介しませんでしたが、深夜に酔いつぶれた修一が哀しく菊子の名前を呼ぶ場面などは、夫婦とは何かと考えさせられます。

 

物語の終盤に、信吾が菊子に自由だと伝える場面は印象的で、女性が家庭に尽くすだけではなく、絹子のように自活して生きていくという選択肢も感じさせました。また、信吾という、経済的にも恵まれた大黒柱がいるうちは、七人が家族として暮らしていますが、物語の随所に信吾の老いの描写が散りばめられているように、将来信吾がいなくなってから、この家族また変わっていくのだと予感させる終わり方だと思いました。