斜陽を読んで

こんにちは、やなべです。

 

今回は、太宰治を読んでみました。太宰の作品は、人間の退廃的な部分をこれでもか、と見せつけられるので、自分の人生と重ね合わせて、恐怖を感じさせられます。どんな人にも、退廃的になる可能性はある訳で、それでも生きていくのか、自ら人生を終わらせてしまうのか、その違いはどこにあるのかを考えてしまいます。読んだのは、人間失格と同じくらいの代表作である、斜陽です。

 

 

かず子とお母さまの暮らし

主人公のかず子は、伊豆でお母さまと二人で暮らしています。もともとは、都内の西方町に住んでいたのですが、財産管理を任せている叔父さまから、もう資金が少なくなってきたので、地方に暮らすように言われるがままに、二人は現在の山荘に引っ越してきたのでした。お母さまは、朝食のスープを飲みながら、南方の戦地に召集されたまま行方不明になった、息子の直治のことを考えていました。

 

かず子は、数日前に庭に現れたへびのことを思い出します。近所の子どもたちが、へびの卵をもってきたのですが、ふ化しても困るので卵を土に埋めてしまいます。それを見たお母さまは、可哀そうなことをするひとね、と言います。そして、その日現れたへびは、卵の母親だったのです。そんな伊豆の山荘での生活は、安穏としているように見えながら、束の間の休息のようだと、かず子には思われるのでした。

 

そんなある日、かず子は火事を起こしてしまいます。お風呂のかまどの残りの薪の火を消さずに、薪の山に置いたことが原因でした。お母さまは、燃やすための薪だもの、とだけ冗談を言いました。その事件をきっかけに、かず子は畑仕事に精を出すようになります。火事を起こすという醜態を演じてからは、自分が田舎娘になったような感覚になり、外で肉体労働をしたいと思うようになったのです。

 

直治の帰還と過去

直治は、アヘン中毒になりながらも、南方の戦地で生きていました。そのことを聞いたかず子は、またかと思います。直治は以前も麻薬中毒になったことがあったのです。伊豆の山荘に帰還した直治は、文学の師匠である上原のもとを訪れるために東京に行くと言い、お母さまからお金を受け取ると、それから十日近く帰ってきませんでした。誰もいない直治の部屋の中で、かず子は昔のことを思い出します。

 

かつて、かず子が山木という男性と結婚していた頃、直治は麻薬中毒になっていて、薬局への買掛を払うために、かず子にお金をせびっていました。直治は、当時京橋に住んでいた上原のもとにお金を送るように言いました。買掛全部支払ったら、もう麻薬には手を出さないと約束していた直治でしたが、止めた形跡がなく、心配になったかず子は自ら、上原のもとを訪れるのでした。

 

上原は、かず子を築地方面にある地下の居酒屋に誘いました。そこで、上原は直治の麻薬中毒を治すために、アルコールに転換させるつもりだと言います。居酒屋からの帰り際に、階段を上がるところで、上原はかず子にキスをしました。その一件は、かず子の秘め事として残り、ついには当時の夫に、自分には恋人がいると告白します。それから夫は疑心暗鬼になり、かず子のお腹の子も誰の子なのかと言い始めます。夫と離婚したかず子は、お母さまのもとに戻り、お腹の子は死産してしまいます。

 

お母さまの死

かず子は、上原に手紙を三度書きます。それは、上原に向けた恋文でした。しかし、上原からは返事はありませんでした。そんな矢先、お母さまの体調がおかしくなり、のちに結核だということが分かります。日を追うごとに弱っていくお母さまを見ながら、かず子は直治にこれからの自分の生き方にいついて語ります。直治が、働く婦人になるのかと聞くと、かず子は革命家になるのだと言います。

 

死の直前に、お母さまはへびの夢を見ます。それは、かつてかず子に卵を焼かれた女へびなのでした。その話を聞いて、かず子はお母さまの死を悟ります。かず子は、お母さまに自分はいままで世間知らずだったと言います。それに対して、お母さまは世間を分かっている人なんていないのではないか、と言いますが、かず子はそれでも生きていかなければいけないと思うのでした。そして、お母さまは、かず子と直治のことをよろしくと叔父さまに伝えて、亡くなりました。

 

かず子の戦闘

お母さまが亡くなると、かず子の戦闘が始まりました。かず子は、上原への恋を成就させると心に誓うのです。ある日、直治が伊豆の山荘に帰って来ます。これをまたとない機会と捉えたかず子は、直治を伊豆に残して、東京の上原のもとを訪れます。上原は西荻窪の居酒屋にいました。あのときのキスから六年が経ち、上原の風貌はすっかり変わり、年老いた猿のようになっていました。

 

居酒屋を出ると、上原はかず子にキスをして、惚れてしまったと言います。そのまま二人は、上原の知り合いのアトリエの二階に泊まります。上原は、かず子のとなりに寝ていました。かず子は一時間ほど抵抗しましたが、ふと可哀そうになって、諦めたのでした。かず子の恋は、翌朝には消えていました。そして直治は、かず子の留守中に自殺していたのです。

 

直治の死とかず子の覚悟

直治の遺書には、彼の苦悩が書かれていました。直治は、貴族としての血に反抗するために、麻薬に手を出して粗暴にしていたのでした。しかし、それは下手な小細工で、下品に遊んでいても、少しも楽しくなかったと言います。生きたい人はどんなことをしても生き抜き、死にたい人はそうすればいいと考える直治の自殺を止めていたのは、お母さまの愛情でした。遺書の最後には、僕は貴族です、と書かれていました。

 

その後、かず子は上原に捨てられました。けれど、幸福なのだと言います。なぜなら、自分の望み通りに、上原との子を妊娠することができたからです。かず子にとって、上原は人格とか責任とかをあてにする相手ではなく、自分の恋の冒険の成就だけが問題だったのでした。上原も自分も、道徳の過渡期の犠牲者なのだと、かず子は言います。かず子は、私生児と母として、古い道徳と争い生きていく覚悟なのでした。

 

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物語は、かず子が未婚の母として、子どもと共に生きていくという決意で終わります。これまで、人と争わず、憎まずうらまず、美しく悲しく生きてきた没落貴族が、世間という何か分からない世界に放り出されそうになったとき、お母さまは最後まで貴族として死んでいき、直治は世間に溶け込もうとして上辺だけの真似をしてみて、しかし自分に流れる貴族の血には抗えず、生きていく能力のなさに絶望して自殺したのです。

 

貴族にかかわらず、時代が変わるということは、アイデンティティの崩壊を意味します。自分が浸かっていた価値観とか、生きるための軸としての人生観とか、自分が自分であるというゆえんが失われたことに気づいたとき、不安になり孤独になり、生きる価値を改めて考え直すことになります。物語は戦争が終わった、という時代の移り変わりでしたが、現代でいえば、私たちは感染症による価値変化を経験し、さらには戦争の時代が到来することが予想されます。生きるための軸を失い、退廃的になるのも人間ですが、新たな軸を求めて生きていく生命力をもつのも、また人間なのだと思います。